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チャールズ皇太子のスピーチ

イベント:「食の未来」会議(The Future of Food Conference)
場所: ワシントンD.C.
日時: 2011年5月4日
主催: Sustainable Food Trust

PDF版はこちらからダウンロード: 日本語版 英語版

 

皆さん、再びここジョージタウンを訪れ、この会議でお話させていただけることを格別に嬉しく思います。さすがに、長男の結婚式披露宴で恥ずかしいスピーチをするのとは違います(笑)。

エリック・シュロッサー氏が司会をした最初のパネルディスカッションを見られなかったのが残念だったのですが、エリックは彼の重要な映画(Fast Food Nation) や著書等で、人々の問題意識を高めるのに非常に多くの貢献をされて来ました。

この会議はとても重要です。現在の食料生産が直面している数多くの難問のおかげで、持続可能な食料システムを構築することが将来最も重要になることに、世界はだんだん気づきつつあります。

オックスフォード英語辞典は、サステイナビリティー(持続可能性)を「何かを継続的に維持すること」と定義しています。将来世代のために「維持する」必要性、言い換えると、皆さんジョージタウン大学の学生たち、あるいはこの広いアメリカ国中の学生たちのために維持する必要性、はっきり申し上げて、私が長時間かけてワシントンD.C.までやってきた理由がこれなのです。

ご存知の方もいるかもしれませんが、私は過去30年以上の間、食の未来について語ることで、非常に危険な領域に足を踏み入れてきました。私にはそれを証明する傷跡がたくさん残っています。慣習的な世界観に疑問を投げかけるのはリスクが大きい。それでも危険を冒してきた理由はただ一つ、皆さんの世代と自然の尊厳を守るためです。私が心配しているのは、あなた方の将来であり、あなた方の孫の世代、そのまた孫の世代の将来です。

私は自分の孫から、「多くの問題が存在し、何がどう間違った方向に進んでいるのか知っておきながら、一体なぜ何もしなかったのか」と責められるつもりはまったくない。こう問いただされることの怖れ、その責任感が、現代当たり前として了解されている多くの事柄に対し、私が挑戦してきた正確な理由です。そして、皆さんにも同じことをして欲しい。現在の食料生産方法で、21世紀の非常に困難な状況下を乗り越えられるのかどうか、真の目的に叶っているのかどうかを問いただし、敢然と立ち向かうことが大切なことだからです。
30年ほど前、私はこの問題について話し始めました。しかし、結局もっと踏み込まなければダメだと気づきました。私の懸念を行動に移さなくてはいけない、将来世代に食料生産を保障するために他にどのようにしたらよいかを示さなくてはいけない。そして、一番大事なのは私たちを支えている地球を大事にすること。もし、私たちが自然のシステムのなかで働かなかったら、今までのように自然が永続的にサイクルを持続し続けることは、もはやできなくなるだろう。

 

◎フードセキュリティが確保できない?

自然のレジリアンス(回復力)を保護することによって、初めてレジリアンス(回復力)に富む食料生産方法、ならびに長期的なフードセキュリティーを確かなものとできる希望が持てるのです。これが私たちの直面している難題です。健全な食物を手頃な価格で供給し続けるために、その過程に関わるほぼすべての要素にかかってくる甚大なプレッシャー(重圧)があります。自然の生命維持システムを過度に追いつめた場合、自然が私たちの望みどおりに働くことは難しくなるでしょう。

土壌は疲弊消耗している。水の需要は留まるところを知らず、システム全体がますます流動的な原油価格に翻弄されています。農業と食糧生産の話をするときには、複雑な相互関連したシステムについて話をしているということを思い出してください。単に一つの目的、例えば、生産最大化を目的としたい場合、増産をもたらすシステムが社会の他のニーズも満たせることを確認できない限り、その目的を選択することは不可なのです。エリックが指摘したように、これには住民の健康維持、農村雇用の保護、環境保護、生活の質の向上など全体への貢献が含まれます。

この会議が大きな質問を敬遠したりなどしないと信じています。主に、どうやって農業に対しより持続可能なアプローチを構築できるか。さらに、そのアプローチのより大きく重要な社会的、経済的パラメーターを認識すること。一つは、90億に向かって急速な増加を続ける世界人口に食糧供給できるか。そして、土地需要の競争が激化する渦中で、ますます不安定になる気候条件の下で、地球の生物多様性レベルが脅威にさらされ深刻に減退しているなかで、これができるのか。

私の見る限り、これらの重圧が意味しているのは、私たちにはあまり選択肢が残っていないということです。非常に思い切った対策を講じなくてはならないでしょう。もっと持続可能な、あるいは永続的な食糧生産形態を開発しなくてはならない。もはや今までのやり方では、かつてそう見えたほどには発展し得ないことが明らかだからです。この問題について人々と話せば話すほど、今の危機的状況に対する一般的な見方がどれほど漠然としているかを思い知らされます。ですから、絶対的にはっきりさせるために、この危機的状況の証拠を幾つかご説明したいと思います。

国際的にフードセキュリティーは確実に大きな問題になりつつあります。また、世界の食糧システムは危機へとまっしぐらに向かっていると考える人々は大勢います。主食作物の増収率は低下しつつあり、1960年代には3%だったのが、今日では1%に落ちています。増収率が人口増加率を下回ることは初めてのことで非常に懸念しています。そしてもちろん、食料システムのすべてが、気候変動によって引き起こされる損害に対処できるものでなければなりません。アフリカやインドでは、上昇し続ける気温や変動的な降雨パターンに作物が耐えられず、すでに損害を被っています。昨年(2010年)のロシアの小麦生産の失敗と中国の干ばつを覚えているでしょうか。そのため世界中で食料価格が高騰し、インフレを引き起こし、多くの国々、特に中東において社会的不満をかきたてました。私が怖れているのはより多くの自然災害が起き、苦しんだとき、ますます社会的に不安定になるという状況です。

これら収量を脅かす状況に対し、食料需要は膨らみ続けています。国連食糧農業機関(FAO) の概算によると、現在から2050年までの間に食糧需要は70%増加する。グラフは驚くべきカーブを示しています。世界は、毎日新たに21万9千人を養う方法を、どうにかして見つけなければならない。私が話し始めてから450人ほど増えました。

さらに、中国やインドなどの新興国では、収入の増加によりもっと多くの人々がより多く消費できるだけ豊かになり、肉や乳製品の需要がますます高まるでしょう。増えた家畜の飼料をまかなうために、バイオ燃料の需要で大きく拡大しているエネルギー部門との土地競争がますます激しくなるでしょう。ここアメリカでは、現在10ブッシェル(約27.2Kg)のトウモロコシのうち4ブッシェルが自動車の燃料として栽培されていると聞きました(トウモロコシ生産量の2/5はバイオ燃料用)。

これが私たちのいる世界の現状であり、化石燃料や無機物肥料などの枯渇しつつある自然資本に深く依存するシステムに対峙しているのです。現在の工業化農業のほとんどは石油、天然ガス、その他の再生不可能な資源に大きく依存しています。ある研究では、典型的な西洋の食事を取っている人は、一日でアメリカの1ガロン(約4.5リットル−英国)の軽油を消費しているのと同等だと概算しています。過去10年間で合成窒素化学肥料の価格は4倍、カリの価格は3倍に跳ね上がったことを考えると、依存を止めない限り、将来がどれほど不安定になるか分かるでしょう。しかも、これには輸送や加工など、消費者に届けられるまでの生産コストに必要な燃料価格の上昇の影響が計算に入っていない。本当の悪循環です。

この方程式に土地供給を加えます。都市化が進む現代世界のどこに、すべての追加分の作物を栽培し追加分の家畜を放牧すればいいのか。ここアメリカでは、毎分1エーカー(約4000平方メートル)の土地が開発のために失われていると聞きました。1982年以来、インディアナ州のサイズの面積に建物を建ててきたことになります。それでも、インドと比べるとまだ小さなものです。インドは次の30年間で3億人に新たに家を提供する方法を見つけなければなりません。

さらに深刻な問題は土壌浸食です。アメリカでは、地球が補充できるよりも10倍早いスピードで土壌流出が進んでいます。中国やインドでは40倍のスピードです。毎年、2万2千平方マイル(3万5千平方キロメートル:訳注*日本の面積のおよそ10分の1)の耕作可能な土地が砂漠化していて、世界の農地の1/4に値する20億エーカー(8万平方キロメートル)の農地が劣化していると言われています。

このような重圧を与えられた私たちは、より厳しい土地で作物を栽培しなくてはならないでしょう。そして、それを持続的に行う唯一の方法は、土壌の肥沃さを長期的に増すようにするしかない。なぜなら輸入された再生不可能な投入物を使って生産増量を達成する方法は持続可能ではないからです。

今の食糧生産方法には他にも多くの重圧がありますが、もう一つだけ私が強調したい大事な問題があります。それは、私たちが長い間当然のこととして受け取ってきた魔法の物質、水です。アメリカでは全穀物生産の1/5を灌漑に依存している。工業化システムで生産された牛肉1パウンド(450g)あたり、2千ガロン(約9100リットル/英国用法で1gallonは4.546L)の水を消費している。これは非常に大量の水であり、このような需要に地球がついていけないという証拠はたくさんあります。

たとえば、グレートプレインズ(大草原地帯/米国・カナダのロッキー山脈の東)のオガララ帯水層は、降雨で補充できるよりも、1兆3千億ガロンも早いスピードで枯渇しつつあります。そして、世界中のすべての水を考えたとき、たった5%が淡水であり、その1/4はシベリアのバイカル湖にある、それほどたくさん残っていないのです。残り4%のうち、約3/4が農業に使用されており、その30%が排水です。もし、この数字を将来の予測に当てはめると、事態はさらに悪化します。概算では、2030年までに世界の農家は今日よりも45%多く水が必要になると言われている。しかし、すでに灌漑のせいで、世界中の主要河川で、一年の中で海にたどり着かない時期がでてきています。コロラド河、リオ・グランデ河なども含めてです。

さまざまな問題を詳細に論じてきましたが、そのすべての影響は現在すでに計り知れないほど深刻です。世界人口の1/7である、10億人以上の人々が飢餓に苦しんでおり、さらに10億人が「隠れた飢餓」、つまりビタミンや栄養を欠く食事で栄養失調に苦しんでいます。その一方で別の悲劇的事実がある。現在、世界の10億人以上の人々が太り過ぎ、肥満だと考えられています。ますます狂気の様相を呈してきました。なんだかんだと、世界の半分は食料方程式の間違った側にいるのです。

世界の生態系はストレス下にあり、エネルギー、土地、水に対する私たちの需要は明らかに抑制が効かなくなっていて、食料システムに圧倒的なプレッシャーを与えていることを分かっていただけたと思います。現行のモデルは長期的に永続し得ないと考えるのは私だけではありません。現行のモデルは「継続的に維持すること」ができない、それ故に持続可能ではないのです。
では、持続可能な食料生産システムとは何か。私たちはこれについて非常に明確でなければなりません。さもなければ、結局はグリーンウォッシュ で塗りたくった今と同じシステムを手にするだけで終わりかねないでしょう。

 

◎持続可能な食料生産システムは可能

私にとって持続可能な食料生産システムとは、地域の生態系の環境収容能力を超えない農業形式であり、土壌が最も重要な再生可能資源であると理解するシステムです。表土は国家の繁栄の基盤です。表土は干ばつの緩衝剤や炭素吸収源として働き、すべての生物、人間、地球の健康の根本です。もし、現在の私たちのように表土を劣化させたら、自然資本は生来のレジリアンス(回復力)を失うでしょう。その結果として、人間の経済資本や経済システムがレジリアンス(回復力)を失い始めるのにそれほど長くかかりません。

それでは、長期的に見て本当の意味で何が持続不可能な農業形体なのか、順を追って見ていきましょう。私の見解では、化学殺虫剤、殺菌剤、化学肥料や成長促進剤への依存、広大な単一栽培、工業的飼育システムの使用によって動物を機械のように扱うこと、地球を干上がらせるほどの水の使用、土壌を劣化させること、富栄養の流出で河川の流れをふさぎ、海洋に広大なデッドゾーンを生み出すこと。また、文化全体を破壊し、世界中に残る小規模農家の多くを除去し、生物多様性を破滅させ、同時に文化的社会的多様性を破壊することです。

反対に、真の意味で持続可能な農業は、土壌、水中、自然界の生物多様性がより豊かになるよう推奨し、生態系全体のレジリアンス(回復力)を維持するものです。野鳥、虫、ミツバチなどがシステム全体の健康維持のために働きます。持続可能な農業においては、土壌にとって植林が重要な役割を果たすことが認識される。植林は土壌の水分保湿を推進、保護する。また、気候変動を促進するのではなく、緩和する方向で働きます。この実行方法は複合的であるべきで、その一つは土壌の肥沃度を上げるために家畜の排泄物をリサイクルし、有機性廃棄物を堆肥化することです。

抗性物質は家畜の病気を治療するためだけに使用されるべきであり、病気予防の目的で大量に投与されるべきではない。また、家畜は実際の自然の営み通りに、牧草で育てられるできである。

皆さんの中には、これらが「現実の世界」では実現不可能な理想主義だと思われる方があるかもしれません。しかし、これらを究極の判断基準としたとき、食料生産はより持続可能となるはずです。人体だけでなく、海洋、森林、湿地帯など、幾多の自然のシステムにとって危険で害を及ぼす物質の使用は削減すべきです。これらの自然システムは、地球上の生物にとって必要不可欠なサービスを提供していて、私たち人間はそれを当たり前のこととして享受してきました。

同時に、再生不可能な外部からの投入物の使用は最低限に抑えなければなりません。化学肥料は再生可能な資源から作られてはおらず、持続可能なアプローチとはなり得ない。究極的には自然から取った分だけ、自然に戻すことになります。そして、地球の能力には必要な限界があることを理解することです。

公平さ、それは、生産価格はもちろんのこと、労働の正当な価値を含めて、生産物の価格を決めることの重要性です。皆さん!私が皆さんに考えて欲しいのはこの考え方です。
私は英国で36年間ほど、できうる限り持続可能な方法で農業をしようと努力してきました。皆さんのなかには、もっと長くされてきた方がいらっしゃるでしょう。私は自分のしてきた多くの経験から知っていますが、自然の奇跡のような働きを模範とし応用することで、驚くほど高い収量の、幅広い種類の野菜、ハーブ、牛肉、ラム、牛乳を生産することができます。

それなのに、私たちは、絶えず、絶え間なく、「持続可能な農業、あるいは有機農業では世界人口に食料供給をすることはできない」と言われています。これは非常に奇妙なことで、私には理解できません。特に、2008年に国連によって実施された、 「開発のための農業の知識・科学・技術の国際的評価委員会」 IAASTD の研究は完璧で良く調査されたものだと思います。ところで、今日の会議の終盤に開かれる国際パネルに、 IAASTDの共同議長であるハンス・ヘレン教授が参加されます。教授にお会いできるのを非常にうれしく思います。 彼の報告書は、世界中の400人以上の科学者たちからの証拠を得ており、発展途上国で最も生産的なシステムは、いわゆる環境農業(アグロエコロジカル)の手法を取り入れた小規模の家族基盤の農業システムであると結論づけています。

 

◎持続可能な食料システムの広がりを阻むもの

これは重要な研究であり、非常に当を得た声明でした。ところが、何らかの奇妙な理由から、この正当な報告書の結論は跡形も無く消え失せてしまいました。ですから、私にはこれが難しい問題に見えます。なぜ、化石燃料や化学処理に深く依存する工業化農業システムが実行可能だとして普及するのか。その一方で、もっと害の少ない農業システムは、贅沢であると故意に非難されるのか。その理由は舞台裏に存在する異常性にあります。

まず、このシステムのたるみの部分に目を向けてください。現在の本質的に持続不可能なシステムの下で、先進国は購入した食料のおよそ40%を廃棄している。食料は以前に比べて非常に安価になりましたが、予期しなかった結果として、私たちは以前のように食物を大切にしなくなったのです。この問題は、より良い「食育」によって避けられたはずだと感じずにいられません。

ミシェル・オバマ大統領夫人の進展を考えてみるだけでもいいのです。オバマ夫人が最近開始した「レッツムーブ (身体を動かしましょう)」キャンペーンは、素晴らしい構想だと思います。 製造メーカーたちは、自社商品から年間1兆5千億カロリーを削減すると誓い、「健康的な体重を公約」しています。 例えば、ウォルマートは砂糖、塩、トランス型脂肪酸を減量した商品の販売と、新鮮な野菜や果物など健康的な商品の価格を下げることを約束しています。学校給食をより健康的に改善することを目指す大統領夫人の大きな意欲と、医者にエクササイズ(運動)の処方箋を書くことを要請するという素晴らしい着眼点、これらは驚嘆すべき優れたアイディアであり、大きな変化を起こすと私は確信しています。

一方、悲しいかな、発展途上国では食料のおよそ40%が農場から市場までの輸送で失われています。これも、農場により良い貯蔵庫を置くことで改善できます。忘れてはならないのは、発展途上国では多くの農家が低収量しか達成できていませんが、土壌にもっと有機物質を入れて土作りをし、水管理を改善すれば収量は上がっていくということです。

しかし、私たちが熟考すべき実に大きな問題があります。それは、慣行の工業型農業技術がどのように今の地位を達成することができ、私たちはその成功をどのように量るべきか、ということです。この点が、食料生産の局面において私が一番悩むところなのです。

食料問題についてのアメリカの著名なコメンテーターである、マイケル・ポーラン氏が最近指摘していますが、今まで、アメリカとヨーロッパの両方で、地域型とオーガニック食品を合わせた市場は全販売量のたった2、3%に満たなかった。その理由はとても簡単だと、彼は言います。それは、生産者にとって持続可能な農業で利益を出すこと、消費者にとって持続可能な食料をより手頃な価格で購入することが難しいからです。この点についての懸念がますます高まったため、私の国際持続可能性ユニット(ISU)がある研究を実施しました。それは、「なぜ、持続可能な食料生産システムでは利益を出すのが難しいのか」、「集約農業の食料生産はどのように低コストを実現しているのか」についての研究です。最後の質問の答えは明白だと思うかもしれませんが、ISUの研究はそれほど明確でない理由を明らかにしました。

ISUは5つのケーススタディー(事例)を研究し2つの発見をしました。一つ目は、農業補助金システムが、私が概説してきた多くの問題を引き起こしている工業化集約農業技術に圧倒的に有利になるように調整されている点。二つ目は、損害のコストが食料生産の価格に含まれていない点。例えば、殺虫剤が給水に入ったらどうなるかを考えてみてください。今の段階では、その水は莫大な費用をかけて浄化することが法律で定められています。しかし、その汚染を引き起こした側は課金されません。あるいは、製造業者と窒素肥料の適用から出る窒素ガス排出を例に取ってみましょう。これらは強力な地球温暖化ガスです。このコストについても排出元は計算に含まれていません。

このような原因が、農家が集約農業をした方が楽に暮らせて、持続可能な方法で生産された食料を購入したい消費者は高価格のためにそれができない、という現状を作りだしてきたのです。正しいことをしたいと思っている生産者や消費者はたくさんいます。しかし、現状のままでは、「正しいこと」をしたら不利になるのです。このことは、明らかに難しい問題を提起しています。公的補助金の一般的な適合方法に対する、長期的で厳密な調査が必要な時が来ているのではないか。その適合がより健康的な手法や技術を促進するように再調整されるべきではないのか、という疑問です。

もし、国家財政が方向転換し、多くの環境保護専門家が「食料生産に向けられ過ぎていて奇妙に道理に合わない経済奨励システム」と呼んでいるものではなく、むしろ、より持続可能で、より少ない汚染で、公共利益に大きな恩恵をもたらす農業実践に補助金を出すようにしたら、みんなの為になるのではなかろうか。確実に重要なのは、より健康的な食料生産が見返りを受け、もっと手頃な価格で供給され、地球資源があまり浸食されない、そういう状況を達成することです。

食料価格が上がって欲しいと思う人は誰もいないでしょう。しかし、現在の先進国の集約的食料生産により実現された低価格の場合、それは幻であり、汚染の浄化コストや、健康問題のコストを他の機関へ転嫁することで可能になっているにすぎない。だとすれば、これらの異常性を修正することで、むしろ最終的には実際に誰も困窮しない、というようなもっと恩恵をもたらす領域へと結果を導けるのではないでしょうか。

 

◎正しいことが正しく評価される、「公正な会計」を

簡単に言えば、それはより公正な会計ということになるでしょう。生産者にとっては、より持続可能に運営することがより望ましい状況になるというものです。特に、補助金が持続可能な生産システムに有利になるように方向転換されると良いでしょう。これは考えるに値する問題です。私がこれをお願いしている理由は、私の関心事が、可能な限り最も健全な環境で、可能な限り最も健康な食料を長期間にわたり生産し、さらに普通の消費者にとって手頃な価格を保証することだからです。

つまるところ、この種の方策の前例はすでに存在しています。例えば現在、世界各国の政府が市場メカニズムと料金表に入れ込む規定によって、再生可能エネルギー市場の成長を刺激してきましたが、エネルギー生産のために行ってきたことを食料にあてはめることはできないのでしょうか。これは考える価値のあることでしょう。それは持続可能な方法で生産された食料市場に対し、非常に力強く改革的な効果をもたらすでしょう。あらゆる方面での恩恵とともに。

明らかに希望が湧き起こるのは、国連環境計画(UNEP) が、農業と漁業を環境保護的にすることで、経済価値は2050年までに年間11%増加すると見積もっていることです。株価が過度に高値になっている東北大西洋のクロマグロは好例で、持続可能な漁業管理への移行は年間5億ドル(40兆円)の利益を創出するでしょう。これは、現在の1億2千万ドル(9兆7千万円)の補助金を受け取った後での利益値、7千万ドル(57億円)と比べ大きな利益増産になります。また、この種の土地、地域社会、商品についてより多くの多様性を奨励する政策は、しばしば、ツーリズム、森林、産業においてあらゆる種類のプラス効果を生むことを心に留めておくことが大事です。

これらはすべて、食料、エネルギー、水、経済保障のあいだの関係性について、私たちが深く理解するかどうかにかかっています。そして、これらの原則に基づく農業システムをもつ生産者に報償を与える政策を作れるかどうか。はっきり言って、もし、私たちが全体像を考えず、システム全体の健康を念頭において対策を講じなかった場合、食料価格の高騰に苦しむばかりでなく、経済の全体的なレジリアンス(回復力)は、ある場合には環境的、社会的システムの回復力も含め、危険なほどに不安定になってしまうでしょう。

もし、私たちがこれほど重要な対策を講じることを選択した場合、「高度に集中化した加工と流通システムからほとんどの食料が来ていることは、長期的に持続可能なのか?」という疑問も持つべきでしょう。原料は私たちが住んでいる場所から何千マイルも離れたところから運ばれ、食肉は巨大な工場で加工され、店頭に並ぶ前に長距離輸送されます。

去年のパキスタン、数ヶ月前のオーストラリアで起きた恐ろしい洪水のように、近年、私たちがより頻繁に目撃している出来事の種類を考えたとき、今のような著しく集中化した大規模システムでは、不慮の災害がたちまち世界食料危機へとエスカレートすることが起き得るというのは、非常に容易に想像できます。食品価格が必然的に上昇する世界で、どのようにフードセキュリティーを達成できるのかを考えなくてはいけません。

 

◎解決策、そして行動へ

1つの方法は、主要な主食の生産と流通の再地元化(ローカリゼーション)にもっと力を入れることです。ますます流動的で予測不可能な世界市場価格に立ち向かうつもりならば、再地元化はまさに必要とされている種類の緩衝地を作りだすでしょう。

そして、食料生産はより広い社会的・経済的展望の一部であるという事実を思い出してください。社会的安寧や経済的安定は、地域社会とその伝統を大切にし、支援することによって構築されることを理解すべきです。この理由から、小規模農業には極めて重要な役割があります。万が一、世界的食料不足が起きたと想像してみてください。今日のように大量の食料を輸入することがさらに難しくなったとしたら、諸国はどこに主食を求めるのでしょうか。必要な主食を地元で生産するシステムには突発的な事件が起こってもパニックにはならない、より強いレジリアンス(回復力)があるでしょう。そのシステムで今よりもっと多く生産できるだけではなく、小規模農場生産を強化することは、喪失の危機にある伝統的知識や生物多様性を保護する上で重要な役割を果たすでしょう。

補助金機能の再調整を考えるときには、経済的かつ環境的多様性の強化のための資金提供に的を絞った政策を含めるのが賢明でしょう。多様性は私たちすべてに影響し、ますます激化し頻繁に起きてくる出来事に対処する適応能力をもちます。レジリアンス(回復力)のある経済を構築する根本は、この多様性にあるのです。

私は歴史学者であり経済学者ではありませんが、すべての不安を引き起こしている最大原因を理解し、経済モデル全体の根本的な面を見直す時期が確実にきていることを指摘したいと思います。私の見解では、私たちが抱える諸問題に対しGDP (国内総生産)を計ることに向けた「いつも通りの仕事」のやり方で対応することは、短期的な慰めにしかならず、長期的な解決策は約束しません。なぜなら、今の私たちのように飽くこと無く地球を消費し続ける、このやり方を長期的に継続することは不可能だからです。資本主義は資本に依存しますが、私たちの資本とは究極的には自然資本の健康状態次第なのです。

新たな技術、例えば、的確な潅水という技術を使った食料生産の代替方法はありますが、直面している問題を解決するには非常に長くかかります。もし、より賢い財政支援によってそれらが支持されれば、農業、海洋、エネルギーの諸システムの回復力を強化することができるでしょう。そうすれば、国際市場の突然の変動に耐える能力をもつ供給手段を確保できます。突発的な変動は、原油価格の高騰や自然システム全体の崩壊が加速し影響が大きくなるにつれ、私たちの目前にやってくることが運命づけられています

私の提案は非常にシンプルです。要は、食料生産の本当のコスト、本当の金銭的コストや地球環境負荷のコスト、これらを価格に含める必要がある。それが「持続可能性のための会計」とも呼べる提案です。この名称は、私が6年前に設置したあるプロジェクトにつけたものです。そのプロジェクトは、もともと企業の長期的業績の中に、関連する財政的、環境的、社会的諸要素の相互関連した影響を組み込むように会計プロセスを拡大することを奨励するものでした。

もし、「持続可能性のための会計」が農業部門に適用されたらどうなるか。これは、国連が行った最近の非常に重要な研究にしっかりと内包されている提案です。「生態系と生物多様性の経済学(TEEB )」は、自然界が世界経済にとって数兆ドルにも値する経済価値があることを分析し、現在の国民所得計算方式に自然資本の健康を含める必要があり、自然の生態系によって提供されたサービスがどのように行われているかを正確に反映し、その代価が払われるよう、早急に改訂される必要があると結論づけています。ちなみに、このようなサービスのために真の市場を創造することは、もしかしたら、炭素市場が構築されたのと同じ方法で、発展途上国の貧困削減に相当な貢献をすることができるかもしれません。

これは非常に重要です。是正しなければ将来世代の生活を破滅させるであろう市場の失敗、もし、これを何とかしたいと望むなら、地球の生態系の回復力と国家経済の回復力のあいだには直接的関係があるのだということを、私たちは理解しなくてはいけません。

皆さん、私の要点は分かっていただけたと思います。多くの大学が私たちの側に立っています。重要なのは「明日の大惨事が起るのを防ぐために、今日もっと多くのことをしなくてはならない」こと、そして、私たちの前に立ちはだかる経済問題へのアプローチを見直すことによってのみ、それが可能なのだという点です。私たちは、自然を計算式の中心に戻さなくてはなりません。もし、私たちが、農業と海洋システム(そして経済)に長期的なレジリアンス(回復力)を持たせたいと望むなら、環境破壊や自然資源の枯渇の真のコストを前面に持ち出し、生態系に基礎を置くアプローチを支援する政策をあらゆる部門において設計することです。さらに、私たちは小規模農家や家族経営農家の地域社会を育て支援するべきなのです。このような考え方は、皆さんの討論を助け、この会議に思考を集中させるのに役立つことと信じます。

おそらく、この会議の終わりには、新「ワシントン・コンセンサス」を告知することができるかもしれません(希望的ジョーク)。前回のコンセンサスが世界中で経済的思考を非常に特色づけたように、今回のコンセンサスは、市場のために必要な事柄や民間部門の役割を認めるでしょう。同時に、社会的、経済的、環境的資本の保全を強化し、保障する食料システムを構築するために必要とされる真の機会と交換条件を認識し、成熟したアプローチが早急に必要とされていることを受け止めるコンセンサスになるかもしれません。

新たなフード・ムーブメントはこのコンセンサスの中心になり、真の転換となる変化の作用因子として働くでしょう。食料システムを持続可能で安心なものとする挑戦への取り組みが大事なだけでなく、もともと農業(工業的農業ではない、本来の農業)は人々の健康改善、農村雇用の拡大、豊かな教育、生活の質の向上のためのカギを握っているからです。

そのような新ワシントン・コンセンサスは、公、民間、NGO部門、巨大企業や小組織など、社会のあらゆる面々の意欲を包含するでしょう。アメリカの2つの偉大な特色は回復力と多様性ですが、この二つの上に打ち立てられた経済モデルの構築に協力していくことです。このようなパートナーシップは極めて重要で、これまでにないほど必要とされています。

最近、アメリカで起きている構想に非常に触発されました。ウォルマートのような大企業が、地元での食料調達に回帰し、棚には持続可能あるいはオーガニック食品を陳列することを決めたそうで、希望を感じずにはいられません。産業界は明らかに耳を貸しつつあります。みんなで協力しなくてはいけません。そして、マハトマ・ガンジーが非常に鋭敏に観察した原則を、私たちみんなが認識しなくてはなりません。ガンジーはこう言いました。「まるで私たちは自分で選んでいるかのように、自然からのギフトを使うかもしれない。しかし地球の帳簿上では、借りた分は常に残高から差引かれているのだ。」

苦境の根源は、私たちが諸問題の相互関連した性質、つまり解決策を認めることを明らかに躊躇していることです。これは確実に、食の未来を決める私たちの能力にも影響しています。私たちの思考の体系的な失敗にどう対処するかが、この文明を定義し、私たちが生き残れるかどうかを決定します。

アメリカ建国の父、先駆者の言葉を皆さんに思い出してもらい、私のお話を終わりたいと思います。ジョージ・ワシントンは、みなさんの祖先たちに向かってこう言って懇願しました。「賢明で正直な人々が報われるような基準に高めよう、あとは神の手の中にある」

なるほど過去にもしばしばそうであったように、(未来は)皆さんの偉大な国、アメリカ合衆国の手の中にあるのです。

2011年5月15日
訳:大畑 恵里(文責・一部修正:オーガニック協会)
※無断転載、商業用の使用を固く禁じます。
※主催者であるSustainable Food Trust、また同団体を介しチャールズ皇太子より、日本語版公開の許可を得ています。

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